暮らし 商い せめぎ合い  

伝建地区において本業務でない事を結構やらねばならない設計の役割について、いよいよ今回の補助事業から、修復の報告について歴史的な研究となり得る報告書を追加させようとしている動きについて述べておかねばなるまい。文書にするからには、誰かがそれを管理したい目的があるはずだ。それは一体誰なのだろう。

「有松絞」日本遺産に
文化庁は二〇日、地域の有形・無形の文化財をテーマにまとめ、魅力を発信する「日本遺産」に二一道府県の十六県を新たに認定した。第五弾の認定で、日本遺産は計八十三件となった。名古屋市の有松絞の「江戸時代の情緒に触れる絞りの産地」、三重県鳥羽、志摩市の…(略)

2019年(令和元年)5月20日(月曜日)中日新聞(夕刊)発刊

なぜに新聞まで引きだして説明するのかというと、この記事の2週間後に父が他界した。息を引き取るまで看病している家族にとって、この記事はまさしく寝耳に水の話である事実をまずもって伝えたく、わざわざ記事を引用させて頂いたのである。私は日本遺産に大反対である。「江戸」をテーマにしているが、私の家は明治以降、新たに土地造成した上に建った物件である。

しかし日本遺産に抗ってばかりでは大人の態度とはいえない。そこでパブリックにおける協調性といった側面の強い冒頭写真の塀の修復が実施されたのである。担当設計士と大工らの相当な説得でトタン屋根案は実現できなかった。

江戸的風景に修景された塀となった現在であっても、日本遺産における観光推進について私は反対である。塀の内側だけでも建築当初の風景にしたいとして、実費費用であってもトタン屋根を再現しようとする私に対して、観光で食べようとしている企画など、とんだお門違いの話である。

タイトルとURLをコピーしました